朝の5時過ぎにソロリと玄関が開きました。
遠慮がちに小さな小さな「お借りしました〜」の声。
ちょっぴり霊感もある私は一瞬冷や汗だったのですが、そんなものがドアを開けるはずもなく…
声の主は母の踊り仲間で、私も仲良くさせていただいているご近所のTさんでした。
たまたま冷え性の私は眠りを妨げるほどの冷えに耐えかねてお風呂に温まりに行ったところでした。
お互いに、お互いがまさかその場にいるとは思いもよらずビックリです。
そしてTさんが「よっこらしょ」と玄関に運び込んだ物は、なんと我が家の「車椅子」!
そういえば昨年まで他界した祖母に使っていた車椅子が、まだ玄関に置いたままでした。
一体どうしたの?と訳を聞いてみると…
Tさんのお隣りのおばあさんが、痴呆で徘徊ぐせがあるのですが、
3時頃にTさん宅にやって来て「家の鍵がかかっていて入れない」と。
どちらも飲食店をされていて普通よりは時間帯の遅い生活をされていますので
Tさんも起きていたそうですが、それにしても困った話です。
と言うのも、お隣りさんはTさんのお宅とは違ってここにあるのはお店だけ。
お住まいは別のところなのです。
歩いて通っているとは聞いていたものの、つい最近引っ越したので正確な場所が分からない。
痴呆のおばあさんは先代の女将さんだったので、
最近越した家よりも長年住み慣れたお店のある場所が「家」という認識だったのでしょう。
電話番号くらい聞いておけば良かったと後悔しつつもおばあさんから詳しく話を聞き、
どうやら住んでいる場所を思い出したので送っていく事にしたのだとか。
ところが今度はそこから100mもしないうちに「疲れて歩けない」としゃがみ込んで動かなくなってしまった。
そして「あ!○○さん家(我が家)に車椅子がある!」という展開になったそうな。
しかしてTさんが車椅子を返しに来たのは朝の5時過ぎ。
帰宅して休んでから届けに来たにしては、どうも中途半端に思えます。
それもその筈、結局のところおばあさんが正確なお住まいの場所を思い出せず
僅か徒歩5分ほどの場所を探して今まで掛かっていたのだとか。
真夜中のことで、誰かに聞く訳にも行かず困ったことでしょう。
おばあさんを自宅に預かる事もできますが、こういった場合は落ち着くまで徘徊してしまいます。場合によっては、馴染みのない場所に不安を感じて騒ぐ事もあるでしょう。
警察に届ける事もできたのでしょうが、最近まで同じように徘徊する老人の介護をしていたTさんにとっては今も多分探しているだろう家族のことを思うと、そう行動せざるを得なかったのでしょう。
探しに出ているならば交番では携帯電話の番号までは分からないし、どこかで出会うかもしれない。
大体の目星は付いているので、今にも見つかるかもしれない。
そして自分の母が自宅が分からずに警察のお世話になり、それを迎えに行く事への屈辱めいた寂しさは
Tさんのように経験した人にしか分からないものでもあり、交番に届けるのは抵抗もあったのだと思います。
なにしろTさんにとっても、おばあさんは慣れ親しんだ「隣りのおばちゃん」なのですから。
それを思うと私には「3時なら起きていたのに、気付かなくてごめんね。
一緒に探してあげられなくてごめんね」としか掛ける言葉がありませんでした。
Tさんは笑いながら「いいのよ〜」と手を振り「今日は昼まで寝てやる!」と宣言して
アハハと笑いながら去って行きました。
Tさんも60代です。
Tさんの風が強くて寒かったであろう長い夜を思うと
今はゆっくり眠れることを祈るばかり。
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テーマ:暮らし・生活 - ジャンル:ライフ
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